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bla bla bla

日常のあれこれ

「彼氏作らないの」

「別に欲しくないわけではないすよ」

「どうせ選んでんでしょ」

「そんなに選り好みしてるつもりもないんだけどなー」

「選ばなきゃすぐだよ」

「そりゃそうだ」

「どうせバカは嫌とか言ってんでしょ」

「言ってねーよ!笑」

「いやでもバカはやだわ」

「まあね」

「バカはやだ」

「バカは嫌です」

本屋さんのダイアナ

二子玉川の駅のブックファーストで目にとまって、2017年は月に1冊読むって決めたから、という強制半分に買ってみた

久々に読む本としては小難しくなくて読みやすかったし、ダイアナと綾子の対比はわかりやすくて多少感情移入するところもなくはなかった

書評まで読んでは〜なるほどね〜〜、となるのは初めてだったかも

作中に出てくる本を読んでみたいという気持ちになります

 

本屋さんのダイアナ (新潮文庫)

本屋さんのダイアナ (新潮文庫)

 

 

 

2016年が始まった頭に、「恋愛ごと、大丈夫だ」という突然のひらめきがあってサッと視界が晴れたことを先日唐突に思い出した。

大丈夫というのは結構ですのほうではなく、アリですのほうの大丈夫だったので、本当に天からのお告げか何かかというような感じではあったのだけど、結局振り返ってみれば別に恋人ができることもなければ誰かを好きになることもなかったのだった。

ただ心境の変化として、他人を受け入れる体制が以前と比較すると何倍も緩くなったと思う。以前はもっと頑なに固辞しているような部分がたくさんあって、笑ってるけど許してない、みたいな気持ちでいることが本当に多く、それは非常に閉鎖的であったことは自他共に認めるレベルだったのだけど、今はそのへんがかなり緩まっていて、ミーハー具合に加速がついたというか、影響されるの悪くないかもね?みたいな気持ちが大きくなっている。この感覚をうまく文字に起こせないけど自分としてはとても大きな変化だと思っている。

何かをするなら100%、完璧、非の打ち所なしという完璧主義に別れを告げて、広く浅くゆるりと続けて気付いたら10年選手でした、ということも必ずしも悪ではないことを体感として受け入れられつつある。

 

先日目標を書いたばかりだけどもさらに今、友人に感化されてzine作ろうかなという気持ちになった。

ブルーノートにライブを見に行って、楽器いいよなかっこいいよな、あんなんできたら素敵だろうなーという気持ちにもなった。初期投資とか考えて多分これはやらないけど。

自我の軸がブレてるのかもしれないけど悪いことじゃないと思いたい。

他人の要素を自分の中に入れる壁が低くなった感覚はせっかくだからいい方向に転がせていけたらと思う。

気持ちの上では「次に少しでも気になる異性が現れたら自己卑下をやめて付き合いを深めてみよう」とすら思っているくらいだから相当な変化に違いない!

 

とにかく総じて「ミーハーになった」という言葉がしっくりくる。

2017年はミーハーに生きていこう。

2017年の目標

・部屋の椅子と姿見を買う

・ピアス穴を1つ増やす

・スケボーで通勤 

・新しいことを始める(中国語かタップダンス)

・英語力の向上

・海外旅行で一度はニューヨーク、後はオーロラとクリスマスマーケットを見に行きたい

1/9時点で思いつく限りではこんな感じ

 

年明け3日から見事に急性胃腸炎になりあわや死ぬかと思ったところでなんとか押さえ込んだものの、復活しかけたところでついでに風邪ひいて声が出ないという満身創痍な有様ではありますが

切実な気持ちで心身ともに健康でいたい限りです

 

あと他人を羨んで鬱ぎ込むのを減らす

良いものや良いことは素直に受け止めつつ、ダメになりそうであれば首突っ込まないで逃げるようにする

 

とにかく今年も親しい皆様がいつもハッピーでいてくれるのが一番良い

今年もよろしくお願いいたします

 

呪い

一人暮らしをしたらコンビニでご飯やお菓子を買い、夕飯はポテチで済ませ、喉が乾いたらコーラを飲み、実家ではし得ないそんな雑な生活を送ることができる、ということを、やるかやらないかは別として割と本気で信じていたのだけど、いざ蓋を開けてみると実家の時と同じくらいスナック菓子は食べないし、コンビニ弁当で夕飯を終わらす事はほとんどないし、なんなら23時前に家に帰って来てもそこからパスタを茹でて食べたりしているという現実に際し、親の教育の賜物というかもはや呪いなのでは?とすら考えた。

コーラやらオレンジジュースやらが冷蔵庫にあるのは日常ではなく家で飲み会を開いた後の残りがある時くらいで、夕飯は必ず食べ、お菓子は必要最低限、みたいなことがたった25、6年生きただけでも染み付いていて、そういう風に生きて来たからきっとこれからもそうなんだろうと思う。

お弁当に冷凍食品を入れることもなく、クリームチーズや生クリームを料理に使うこともない。

何をしてても親の存在がまとわりつく。 育った環境、教育の賜物。

感謝の気持ちもあるし、恐ろしさもある。

未だにお菓子を買うと、ああこれが許されてるんだ、と解放感に溢れる。

きっとこれからもいろんな場面でこういうことを考えるんだろうと思う。

他人と生活をしていて、自分の感覚があまりにも他人と違うという当たり前のことに気付くことがたくさんあり、その度に親を思い出してはしみじみとした気持ちになっている最近、という感じです。

 

何が言いたかったのかわからなくなっちゃったー