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日常のあれこれ

芸祭所感

今年も芸祭にて友人と4人で展示をいたしました
展示名は「実体2」、テーマは「自分」です
自分の作品は「エイト」という名で、正方形サイズ297×297mm、縦一列に5点展示しました
あまりテーマは気にしなくて良いとは言われていたのだけど、ちょうど今自分がやりたいなと思っていた「顔に絵を描く」をまずは自分でやってみよう、それを今後にいかそう、と思い、とにかくやりたいことをやるのみ、というかんじで制作を進めてみました
本当は自分で撮影もしたかったのだけど、いかんせんモデルが自分であるため被写体を見ながら撮影をすることができないので、撮影はtwitterで仲良くさせていただいている加藤袋さん(@fffkrow)にお願いしました
撮影の際の技術面のサポートが自分ではできないことばかりだったので、結果的に自分ひとりで作る以上のものができ、加藤袋さんに撮影をお願いして本当に良かったと思います。
ありがとうございました。

:::以下反省と悲しみ:::::

監視シフトに入っていて、目の前で知らない人が自分の展示を足を止めて見てくれたり、キャー!とかウワー!とか言ってくれたり、ちょうど友達が見にきてくれて口頭で感想を言ってくれたりすること、数人ではあるけれどメッセージを残してくれた方もいたし、あと初日だけ置いたポストカードが全部なくなってくれたのは思っていた以上に嬉しくて、知ってる人も知らない人もどちらも両方含めて「誰かが見てくれた」という痕跡が目に見えるかたちで残る、実感できる、というのはこんなにも嬉しいこと、素敵な気持ちになれるものなんだなと思った
メッセージなしで名前だけ、というのも全然例外なく嬉しくて、できることなら全員に返事をしたいくらいだった
でもその反面、メッセージがないとか反応がないとか諸々含めて、この人はきっと見てくれなかったんだろうなあと思ったりするところもあって、去年とは違って今年はぜひ見てほしい、という気持ちで展示することができたぶん、それがすごく悲しくてつらかったりした
自分が発表する作品を、ネット上ではなく実物で、パネルで、自分の考えた配置で見てほしかったなと思った


今回の芸祭はtwitter関連で来てくださった人が多くて、時間を割いて芸祭に来てくれたということ、あとちゃんと顔を見合って話すことができてとても嬉しかった
何人かの人を案内する機会があり、○○さんの展示はここ、××さんはここ、みたいにわかる人わかる場所には案内することができたのだけど、何回も同じ場所に行くたびになんとなく複雑な気持ちになっていった
というのも案内する場所はどれも「展示場所」であって、参加者は基本的には展示を見てもらうためや自分の作ったモノを買ってもらうために出展していると思うのだけど、それなのにその展示をしている人に会いに行く、というのはどうなのかなと思ってきてしまい、もちろん自分に興味を持ってもらって会いに来てくれるのはとても嬉しいことだけど、それで本当に見てほしいものを見ないで去って行ってしまわれたら自分はとても悲しいし、もしかしたら怒りすら覚えるかもしれない
そう思ってるのに反対にそれを助長するようなことをするのがすごく申し訳ない気持ちになった
しょうがないのかな。そういうものなんだろうか。考え過ぎの気はある。
芸祭のテンションで楽しくやれれば良いんだろうけど。
案内した場所の方がもし万が一自分と同じようなことを感じてしまっていたら、大変悪いことをしたなあと思うのでした


フリマは来年また出せたら出したい
キーホルダーとかワッペンとか、そういう小物類のが受けが良さそう
あとピアスより需要は断然イヤリングだった。
古着も割とさばけそうだし結構ゴリゴリやって行きたい


通販サイトもつくれたらいいな。企画1回まとめてみたけどざっくりすぎるし穴が多い。
技術的にも知識的にもひとりじゃできないので誰かを巻き込みたい


今回の展示は自分から人に見て欲しいと思えるし、それを口に出せる作品を出せたことが本当に大きかった。
それで得たもの嬉しかったこと、反対に悲しかったこともっとこうすれば良かったってこともいっぱい見つかった
やりたいこと消化してくのすごく大事。
またやりたい。
企画して一緒に参加させてくれた友人と、撮影してくださった加藤袋さん、見てくださった皆様、ありがとうございました。
おわり