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日常のあれこれ

一気に4日分も書いたらもう朝の6時で、木曜の分なんてキチガイみたいに文が長い。自分でも読み返したくなくなるレベル。何書いたかも覚えていない。
バイトあがりに友人から着信があって、どうしたのと聞いたら特に用はないんだけど、と言っていた。用はなくても話をしよう!!!と言って適当に話をする。近況報告をし、相手の話も聞いた。金曜に大学で暗室を使わせてもらっているらしく、いつもお世話になっている教授もついているそうなので、バイトを辞めたら暗室作業のこと教えてもらえるかどうか相談してみようかと思う。方法さえ学べれば学校の貸し暗室で現像や紙焼きができる。そしたらもっといろいろ楽しくなるな。そう考えるとどんどんできること広がってきて、本当に周りの人に恵まれてるなあと思った。あとは自分で動くだけ。
話をしながらわかったのだけど、自分はひとりでは撮影することができない。ひとりではというのはモデルありき、とかみんなに支えられて、ということじゃなくて、単純に自分しかカメラを持たない状態で撮影することができないということ。誰かしらカメラを持つ人がわたし以外にいないと駄目なのだ。芸祭の展示も、今までの撮影会も、必ず撮影者は複数いた。ひとりで撮ることが怖いというのかな、とにかくひとりではできないのだ。だから撮りたい画が出てきても撮影に踏み切ることができない。結局展示にしろ自分から何か動いたことがなくて、誰かの誘いに乗るかたちでやってきた。誰かがいないと何もできない。だからいつも何かしら誘いをかけてくれる友人たちにはとても感謝している。あまり良くないことだとは思いつつ、逆にそういう部分をいかすことってできないのかなあなどとも考える。自分で考えうる限り欠点でしかないように思うのだが。わからない。ゼミに入った当初、グループで撮影ができるのはある意味で貴重な存在だと言われたそのことがこれなのだろうか。でも完全に企画サイドというわけでもないし。あーわからない、わからないよー
とりあえず構ってくれる友人がいる限り足代わりでも良いから引っ付いていきたいし、やりたいことについて案出ししていったら意外にもいっぱい出て収拾つかなくなってしまったので、また細かいとこ決めて撮影しようと言って電話を切った。賞金稼ぎをするという言葉がすごく良いなと思った。


大学のほうの友人はつらみのど真ん中にたどり着いてしまったみたいで、着信に出ていたせいで反応できなかったことが悔やまれる。立ち直れると良いけれど。身体が2つに割れれば良かったのに。