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日常のあれこれ

今度の金曜日、余裕があったら友人の大学を訪ねて暗室作業のこと教えてもらおうかと思っている。未現像のカラーフィルムが2本あるので、できればそれまでにモノクロフィルムも1本用意したいところ。写真を撮っていてあまり自分から積極的にモノクロを扱ったことがなく、正直な話モノクロを選ぶ必要、みたいなものが自分の中ではっきりしないのもあり、目で見た色の鮮やかさをそのまま写し撮るためにカラーを選んできた。自分で現像ができるようになったらモノクロへの親しみがわくんじゃないかなという期待はある。友人の写真を見てそんなことを思った。


自宅のプリンタで刷られて出てきた写真たちは印刷物という認識が強いけれど、カメラ屋さんで同時プリントを頼んでL判サイズになってわたされた写真たちは写真というかんじがある。カメラ屋さんでわたされる写真は、紙に刷られた印刷物という印象があまりない。という不思議。エプサイトの話を思いだす。


友人の話を聞いていて、自分の思っていたことを正直にそのまま、何も気にせず話した。その反応からしてきっと友人は良い気分はしなかっただろう。相手への意見にのせて自分の愚痴を消化している感覚だった。八つ当たりに近い。弱っている時に現実的な話をされると余計に気分が落ち込むのは自分もよく解っていることなのだけど、でも結局それって、などと思ったりして。安易に慰めたり褒めたりすることなんてできない。でも話を聞いてほしい時ってそういうことじゃないんだということもわかっている。つまりは自分も人の話を聞ける状態ではなかったということなのだろう。他人のことを想うためにはまず自分が整っているべきだと思った。
個人的に今回は話を聞いてあげるだけでよくて、意見は必要なく、同調して慰めるだけで良かったんだと思う。そう思いながら自分の憂さ晴らしをしてしまった。人を想うことは疲れる。最近気持ち不安定で駄目なことばかりしている。