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日常のあれこれ

授業が終わってから写真を取りに行き、未提出課題を出して、今日のすべきことはすべて終了。友人と就活の話を少しして、特にする事もなかったので喫煙所で小一時間ほどぼんやりしていた。
今日のこの天気や空気はとても良いなあと思う。曇っていて、外にいて悲しくならないぎりぎりの寒さで、風がなく、人もいないので静か。時折通り過ぎる人たちはみな作業真っ最中という感じで他人に関わることもなく、みんなそれぞれに動いている。こういう日の学校は本当に好きだと思う。こういう時間が1年中ずっと流れていれば良いのに。春の騒々しさや夏のにぎわいより秋のしっとりした感じや冬の静けさのほうが断然好きだ。
風がない日の煙草の煙はすっとまっすぐ上に立ち上り、見ていてとても不思議な気持ちになる。いつだか手や服につく煙草の臭いを気にするならそもそも煙草を吸うのはおかしい、みたいなことを言っているのを見かけたことがある気がして、煙草の煙を見ているとそのことを思い出す。煙草吸うのは好きだけど臭いがつくのは嫌なので、煙の行く先をいつも気にしているし、なるべく服にあたらないように手を遠くに置いたり風上に逃げたりしてそれを避けるようにしているのだけど、別にそれだっておかしなことじゃないだろ。喫煙者であることが知られたくないのかもしれない。喫煙所から離れたらまずトイレに行き、普段以上に多量の石鹸をつけて念入りに手を洗う。よほど暇であれば歯磨きもするが、大概はガムを噛んで済ます。今日はどう身をよじらせてもぬるりと自分のほうに煙が来る日であったので、ほんのりと臭いがついてしまった。吸っている自分が分かるくらいだから、非喫煙者の人にはまるわかりであろう。やだな。そんなこんなで香水的な消臭剤的な何かを持ち歩こうかとすら考える。


今日は大きな板を持って歩いている人を多く見かけた。本当に学校にいることがつまらなくてどうしようもない気持ちになることが週5日通っていて週5日あるのだけど、今日のこの空気もあいまって、いくら自分が制作できない駄目な人間であろうと制作をしている環境にいることがやっぱりどうしても好きなんだなあと思ったりした。頭の中ではもう嫌やりたくない逃げたいと思っていても、就職のことを考えると、ふと制作環境になじめない自分を思いながらもやっぱりどこかで作ることを捨てきれない自分がいて、そのギャップに悲しくなる。売る側に行きたいけど、作る側への憧れを捨てきることができない。そんなにばっさりと二分することはないとは分かりつつ。


これを打っていてやはり自分の煙草臭さを感じる。うんざりである。
おそらくもう年内には学校に来ないから、どうせなら本でも読んで帰ろう。今日はとても落ち着く日である。こんなことわざわざ書き記したくなるくらいには気持ちに余裕がある。帰ったらさかのぼり記も書こう。
こういう気持ちを共有出来る相手がいれば、と思うと、パッと思い浮かぶのは恋人という存在で、でもこつこつヒールを鳴らして図書館に向かいがてら、別に恋人がいようがいまいがこうやってひとりで完結できる幸せを持てているのだからそれで十分じゃないかしらね、とも思う。寂しくなることだってそりゃあるけどしょうがないじゃないですか。「しょうがない」の一言で全てが片付く冷めた心の持ち主。
煙草の臭いつくの嫌だけど煙草と煙草の煙と喫煙者の写真が撮りたい。きっとそれは白黒が格好良い。
白黒ってずるいよな。
今なら誰でも愛せるような気がする。世界の滅亡にふさわしい日だ。