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日常のあれこれ

昼間家でぼんやりしていたら固定電話が鳴り、なんの勧誘かなと出てみたらなんと施設にいる祖母からで、家に帰りたいから迎えにきてくれないか、とのこと、緊急事態なんじゃと思って親に確認を取ってもらったら、電話をかけた時には施設の職員の人が隣にいる状態で、ふとしたタイミングで帰りたい帰りたいとなって電話をかけたがることはよくあることであり、電話をかけても誰も家にはいないんだけどかけてみるだけで落ち着いて後はまたいつも通りになるらしい(そもそも電話をかけて誰も出なかったね、そろそろご飯にしましょうか、と次の動作を促すともう電話をかけたことすら覚えてないのである)。

なんにせよ緊急事態ではなかったので安心したけど、やはりこの一連の祖母の忘れてしまうことに関しては1年以上経っていてもまだ慣れることができない。
 
祖父が死んだ時もその場には立ち会っていたし、葬式も出た。家にくればお線香を上げる。しかし遺影の中の笑った祖父の顔を見るたびに毎回必ず「あらこんな良い写真があったのねえ」と言う。もう何百回聞いたかわからない。
同じ部屋のベッドがなくなってしまって世話をする相手がいなくなってしまったから、死んだことはきっと知っている。死んだことがわかっていなくても不在であることはわかっているはず。
祖父の葬儀の時にひとりで祖母を迎えに行ったら、窓の外の明るさだけの薄ぼんやりした電気のついていない施設の部屋の中、祖母がベッドに腰掛けてアルバムを開いて写真を見ていて、「もう全然覚えてないわねえこんなこともあったのねえ」と言っており、その向かいの空になったベッドを見て「あらおじいちゃんは?」と言っていたことを覚えている。
わかっているけどわかっていない。”何か違う”ということだけ感じているらしい。
 
完全に記憶を失っているわけではなく、短期的な直近のことを覚えていられないだけとはいえ、今自分がいる施設が自分の本当に住んでいる場所ではないことを常に感じており、どうして自分がここにいるのかがわからないが故に今日みたいな電話をかけているのだろう。誰も出ることのない家に電話をかけ続けている祖母のことを思うと胸が潰れそうになった。
本当に施設に入れっぱなしで良いのか、仕事を辞めて家で面倒を見れば上手くいくんだろうか、とは思うものの、きっと今みたいに週に何度か会いに行って後はプロに任せるという距離だからこんな風に接することができて、家で四六時中面倒を見ることになったらわたしは発狂してしまうんだろうな、と母も呟いていた。本当にその通りだと思った。わたしでもそうなるに違いない。
 
忘れてしまうこと自体を覚えてないから忘れていることもわからない。ある意味幸せなのかもしれない。
記憶の保てない祖母の中で祖父は何回死ぬんだろうか。
わたしはと言えば会うたびに「ボーイフレンドはできたの?良い人早く連れてきなさいよ、夏には山口においでね、海しかないけどね」と無邪気な笑顔で腕を引っぱってくる祖母の言葉に罪悪感を覚えてしまうことを止めることができない。