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日常のあれこれ

ふと思い立って物置を開け手芸用品を漁っていたら布やら糸やらフェルトやら編み棒やらぽんぽん出てきて、お目当ての手芸本が見つからなかったので編み物を始めることにした。未使用の白い毛糸が2束出てきたので、マフラーで撮影したかったしちょうど良い機会なので編もうと思い親のところに毛糸の使用許可をとりに行ったら、このままでは使えないと言う。束の状態から糸をほぐして、毛糸玉になるよう巻き直さなければならないらしい。昔は良くやったわよねーなどと言いながら母親が父親の腕に毛糸を巻きつけ、玉になるよう巻き直し始めた。店頭で買えば既に玉状にになっているものが手に入るのでなかなかこういうこともしなくなったらしい。途中から交代して玉を作る側となった。その間ずっと父親は腕を広げぱたぱたと8の字に動かし続け、母親がおもしろがって写真を撮ろうとしてうるさらがれていた。
毛糸玉ができてから部屋に戻り、さあいざ編み始めんと思うものの、編み物など挫折した記憶しかないためやりかたがわからず、ネットで検索をすればいくらでもマフラーの編み方など出てくるのだが図解の時点で理解し難くて開始前に挫折しそうになった。動画を見つけてそれにしたがって始めるも、作り目を編むのにもひと苦労で、30目作り終えるだけで1時間半もかかってしまった。我ながら不器用で驚く。次の2段目に進もうと思ったのだが、2段目の最初をどうやって編むのかそれを解説しているページを見つけることができなくて、どれも途中まで編んでいる状態の説明だったり、鎖編みから編み始める方法だったりと求めているものが見つからず、そうこうしているうちにバイトの時間になってしまったので諦めてやめにした。母親が帰ってきたら教わろうと思う。なんにせよ作り目が編めただけかなりの進歩だと思ったが、たった1時間半の格闘で心身共に疲れたのには多少の情けなさを感じた。向き不向きって絶対にあると思う。


後日母親から2段目からの編み方を教えてもらった時に、あまりの棒編みのできなさに絶句されてしまい、本当に今まで1度も編み物したことなかったんだっけ、マフラーも編んだことないんだっけ、と聞かれた。21年生きてきてマフラーを棒で編みきったことは1度もないし、あるのは小学生の時に牛乳パックに割り箸つけて編むリリアンみたいなやつだけ、と答えたら、信じられない、と言われてしまった。母親の母親(祖母)は和裁も洋裁もやる人だったから、夏には木綿でシャツを、冬には毛糸でセーターを編んだりしていたそうで、それを見て育った母親もそういうものに興味を持って、当時の恋人にマフラーを編んだりしたらしい。手作りお菓子をあげた後は手編みのセーターをあげるというのがテンプレ的流れ、みたいなところもあったらしい。と考えると、わたしは母親が編み物をしている姿はそこまで見たことがなかったので興味を持たなかったのかもしれない、という話になって、子供のうちにいろんなこと見せておくべきだったわ、と母親が言っているのを見ておもしろい発想だなと思った。親の背中を見て育つということの体現っぽい。
ここまで文明が発達しても編み物の仕組みみたいなものはほとんど昔から進化してなくて、今だってこうやって棒と糸だけで編むことは続いていて、そう考えると不思議よね〜などと母親はひとりごちていた。小学生だってできるようなことなんだから編み物くらい伝承していってくださいよ、と言われた。はははとだけ言っておいた。