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日常のあれこれ

32歳を振り返る

33歳になりました。

大体1年間の振り返りと誕生日のタイミングがほぼ一緒の間隔なので、何があったか思い返してみたいと思います。

つくろった感じの回答をすれば、32歳は「縁」を感じる1年でした。そういえばずっと、大学に入ったタイミングで「32の子持ち」と言われて、ようやく名実ともに(?)32歳になり、周りに言われていたこともあってかこれでしっくりきた、ここからだ、みたいな気持ちもあった年でした。

これからの生活をどうしていこうかなとか、このままでいいのかなということを相変わらず思う1年だったと思う。何か動かないと何かが終わっていく感覚がある。焦る。

あんまり気にしないようにしている目下の心配事は、もうかれこれ4ヵ月以上円形脱毛が治らないことです。来年は髪が生えてくれることを願うばかり。

 

■プライベート

・収入が上がって今しかやれんかもな、と思って全身医療脱毛を契約しました。まだやってるけど効果は思ってたほど劇的ではなかった。とはいえやらないよりは毛が薄く(まばらに?)なったと思うので、体毛を剃る回数も減り、まあやってみて良かったとは思う。顔の毛穴が気になりにくなった気もするけど、それはカウンセラーの人が契約時にそう推してくれたからそう思えるだけかもしれない。円形脱毛の治療に一度だけ専門医に行ったのだが、その病院が脱毛サロンのあるエリアと同じで、あんまり良い診察だと思えなかった時間の後に液体窒素をあてられてじゃーまたン週間後に来て、と言われた帰り道、ぼーっと物思いにふけりながら散歩がてら歩いていたら、なんで頭の毛は望まないのに抜けてるのに身体の毛は望んで抜きに行ってんだろ、抜いた分頭に生えてくれりゃ良いのに、とか思ったら我ながら思いの他悲しくなってしまってかなり落ち込んだことを思い出した。元気出さなきゃと思って寄った家豆花のランチの大根スープがおいしかったことにかなり救われました。

・久しぶりにNYに行けた。母親と二人旅行は初めてだったけど、母親もたっぷり楽しめた時間だったと思う。親孝行になったと思いたいです。ハドソンヤーズの駅の長いエスカレーターを上る母親の姿の写真が、期限切れのフィルムならではの粒子の粗さもあり、なんともエモーショナルな気持ちにさせてくれました。

・大学の同窓会にお招きいただきました。厳密にいうと留年してるから同じ代とは言い難いのだけど、そんなことを気にしているのは私だけだった。凝り固まった、自分の中ですべてが変わるきっかけにもなったコンプレックスだからその辺はもう譲れないんですけどね。「10年経ってもあんまり変わらないね」というところと、「10年経った感じするわ...」というところとが入り混じって面白かったです。

・新卒で入社した会社の同僚と食事に行き、退職ぶりとかの人とも話せて良い時間でした。留学して国際結婚して離婚して、を経験した先輩は「なんだかんだ自分がやりたいようにやったほうがいい」ということを言ってくれてちょっと心強かった。あと、今自分の古巣のブロックに同期の子が社員転換してASMとして配属されているみたいで、私のことを覚えてくれているらしく、入社前の研修の時しか重ならなかったのに名前を出してくれたことがとても嬉しかった...本当に良い職場だったなと今でも思います(戻らんけど)。

・年明けには北海道に行き、一人の時間と友人との時間とを過ごせて、北海道好きだな...としみじみ思うのでした。雪道は運転できないから移動範囲が狭まるけど、もっとあちこち行ってみたい。いつかは流氷も見たい。乾燥で声が出なくなって声帯炎と診断されて1月いっぱいささやき女将になったのもいい思い出...

・毎度のMAU卒業制作展に行き、たまたま研究室をのぞいたらホームカミングデーをしていて、助手で勤務していたゼミの同期の子と久しぶりに会えた。ついでに卒業ぶりにゼミの教授にも挨拶ができ、本当に顔向けできなてくて、ということを言ったら「ちゃんと卒業して働いてんだからそれで充分でしょ、ちゃんと卒業制作だってOK出てんだから」と言ってもらえて本当に涙出るかと思った。もっと頑張らなきゃ、て思ったのでした。転職を考え始めたタイミングで求人情報をキャッチできたのも縁だと思いたい。なんだかんだこうやって大学に執着しちゃって恥ずかしいものです。もう学生生活なんで絶対に嫌だけど、貢献できることがあるなら関わりたいという裏腹な気持ち。

・たわむれに右側頭部を刈り上げたりしてみた。バリカンが耳元でウィーーーーー!と鳴るのはかなり新鮮な体験でした。割と気に入ったのと、「似合いすぎるからこれ以上しないで」と上司に言われたのも嬉しかったです。メンテだけだるい。

 

■仕事

・常勤スタッフとして非常に優秀な先生を採用することができ、そのことが割と地味に心の支えになっているなと思う日々です。

・非常勤として大学の先輩にデザインの授業をお願いすることができ、これまで難航していたデザインの授業に安定の兆しが見えてきた。さらにその先生のつながりで、その先生の前職の同僚かつ大学の同期である海外在住の先生ともつながることができ、VMDの授業を担当いただいてとても充実した内容になっていると感じている。専門のある人たちは本当に格好良い。VMDの授業に関しては、あまりに講師を見つけられなくて、個人的にすごく面白い授業をしてくれそうと思っていた憧れの人にも直談判を持ち掛け相談する機会を得て、泥臭いムーブではあったと思うけど、なんとなくやりがいも感じられる一件ではあった。3年目になって、来年の新しいカリキュラムの準備もあるが、こうしたらもっと意味があるのではとか、こうすると良いかも、という話ができるようになれてきたのは仕事の面白さにもつながるなと思う。

・保護者の対応が増えた。正直自分は立場的に何の責任者でもないので立ち会っても仕方がないところはあるのだが、業務内容的に説明する立場として立ち会うことが多々あった(上司が相変わらずケツを持ってくれないというのも多分にある)。子育てをしたことのない自分が、子を持つ親に現状を話すこと、気持ちによりそいながらも対応しなければならないことの難しさを感じた。「お気持ちお察しします」の中身もないし、立場的にはお察しできるのは表面上でしかないから。先生たちって本当にすごい。

・トップの新事業が近日中に始まるのだが、いよいよ理解できなくなってきており、なんなら生理的に無理ですらある。「会社ってのは経営層の想いを理解し実行するべき」だと思うと、もう早く離れたほうが良いかなとも思う。もう転職したくなかったのに...

とにかくトップが無理なのだ。そのほかはすべて問題ないのに。いつもこれで躓く。どうしたらいいのだろう。採用でも本当にやる気を削がれることが多々あった。トップへの理解が足らないこちらが悪いのでしょうけど、そんな理不尽な理由でなしになるのであればもう全部勝手にやれよと思う。どうやってみんな折り合いつけて社会をやっていっているのだろう?教えてほしい。全く大人になれない。

・去年の半年だけお世話になっていた非常勤の先生が店舗を構えたので開店のご案内をくださった。突然の連絡で非常に驚いたのだが、その後何の連絡もとっていなかったのにご招待いただけたことがとても嬉しく、同僚と一緒にお祝いに駆け付けた。夢をかなえる人たち格好良い。一緒にやりたい、声をかけたいと思ってもらえるように真摯に業務にあたらなければと思う。

・入社してから初めて卒業生を見送ったんでした。名前と顔がわかることって大きい。自分にとってはたくさんいる人たちでしかなかったのが、お互いに名前と顔が一致するようになると認識できるようになる。日常生活のどこでエンカウントするかわからない緊張が増していく。油断ならない。でもいろんな場所で活躍していると思うとすごいな、かっこいいな、と思うよね。2年で社会に出るなんて本当にすごいことだと思うよ...

・信頼を置いている上司が年内退職になって絶望。もう支えてくれる上司はいないというところで去就を考えているところです。

君たちはどう生きるか

ジブリの最新作を前情報ネタバレ感想口コミ一切なしで映画館で初日に観る」という機会はおそらくこれが最初で最後になるだろうと、そういう感じのツイートをたまたま前日に見かけたこともあり、そうかもね、と思ってせっかく休みなので前日夜にオンラインでチケットを買って見に行った。結論、感想としては、「宮崎駿の中身すべてだな」って感じ、これまでのすべてのジブリ作品があって、宮崎駿の考える頭の中のすべてが表現されていて、「俺はこう生きたけどお前らはどうなの?」て言われたような感じだった。学生の時とか、作家の展示を見た時とかに感じる「俺はこう思ってるよ、お前らはどう考えるんだよ」ていう創作活動が生み出す一個人の衝動とか熱量をモロに浴びせてくる感じ、"ナマ"の想いの塊って感じだった。Twitterで「宮崎駿の原液」って表現を見たけどまあ確かにそうかも。たとえば戦争に行く人を見送るのに道で足を止めて一例をする描写に個人的に強い意志を感じたのだけど、そういったあらゆる描写に、宮崎駿の表現すること、表現したいこと、表現してきたこと、考えていること、経験してきたこと、伝えたいこと、あらゆる「すべて」なんだと思った。エンドロールを眺めていて、なんか...すごかったな...とぼんやり物思いにふけっていたら、ふと突然「私は子供を産まないままでいいのか?」と頭に疑問が浮かび、その瞬間に涙腺が崩壊するという事態に陥った。マジでなんなのかわからなかったけど、自分の頭の中にあるあらゆる「どうしてったらいいかわからないこと」が弾けて感情が一瞬でぐちゃぐちゃになった感じがある。ものの数分で落ち着いたけれども。なんか本当になんで生きてるんだろ?て思うし、生きていかなければいけないの本当につらいなって30を超えても思う。いつになったらこの感情と折り合いがつくのだろう。

その後何をするでもなく、公園に日陰になっているベンチでぼーっと座って子供たちがキャーと言って遊ぶ姿を眺めていた。

風立ちぬ」では「宮崎駿も死んでしまうんだな」と思ったけど、「君たちはどう生きるか」では「宮崎駿のすべてがここにあったな」と思った。もうこれで最後なんだろうか?82歳でこの熱量っていったい何なんだマジで。

 

1日経ってTwitterには映画を観た感想や考察があふれ始めだして、それを眺めるたびに自分の感想や思いが上書きされて消えていくのを感じる。あ~そういうことだったんだ、とか、たしかにね~とか、共感含めて自分が映画を見て感じたナマの感想や感情が消えていくのがわかりやすかったので、とりあえず記録に残しておく。こういう経験ってこれまであんまりなかったかもな。見て良かった。万人に勧められるかっていうとわからないけど。

もうひとつ個人的なところでは、最初の後妻の妹さんが触って、つって眞人の手を妊娠している自分のお腹にグイってあてがったところがめちゃくちゃグロテスクだな、と思って、しょっぱなアレにぞっとした。ある時から妊娠している描写や現実妊婦さんに対してもグロテスクだなと思ってしまうことが増えたのだけど、自分が避けていることへのうしろめたさなのかな。妊婦さん特有の美しさを感じると同時に、「妊娠している」という事象への嫌悪感やおぞましさみたいなものをなぜか感じてしまう。不思議。話がずれた。

とにかく、ゼロベースで見ることができて良かったなという話でした。宮崎駿が現役で生きている時代に生きていてよかった。同じことはアンドリューロイドウェバーにも思っています。本当にありがとうございます。

32歳の人生もがんばっていきましょう。おわり。

23時を回っても帰ってくる気配のない夫の存在を思いながら、通知が来ないスマホを叩きつつ、こういう思いをずっとさせてたんだな〜と身をもって理解する3連休初日でした

反省しよ

「家庭が一番」とかまではまだ思えないけどとりあえずまずは早く帰るようにしよ

理由はどうあれ意図的にやってるなら当然「虐待」と思うけど、不注意とはいえ意図せずして起きてしまった残酷なことについては「虐待」とは言わないのではないか、でも相手の望む、理想とする環境に置かれていないことがイコール悪であれば「虐待」ととられるということなんだろうな、が今日の学び

相手に伝えるための、相手が望むかたちの表現を模索するの、とても難しい

22時超えの残業9連勤が終わりました。とんでもないミスを大量にやらかして全然休めず帰れずであった。今までの人生で一番ミスったし一番やばかった。これから少なくとも半年はずっと考え続けないとならないと思うと憂鬱。

これまで起こった他人への叱責が自分に来た時、周りの人はこんなこと思ってんだろうな、こうやって陰で何か言われてんだろうな、みたいなことをめちゃくちゃ思って非常にしんどい気持ちになった。その手前に起きた色々な他人のグチャグチャとクレームと上司のやり方にも全てが無理になって終わりという気持ちだった。

今日久々に直属の上長と話をして、きっといろいろお耳に入ってますよね〜て言ったら、まあかいつまんでこんなんするよとしか聞いてないけどあんま気にしないほうがいいよ!あとその仕事は早く手を引いたほうがいい、あなたがやらなくて良い、他にやることあるんだからさ、あんま残りすぎちゃだめだよ〜能率下がるし!お疲れ!と言ってくれて救われた。なんか。そういう人がもっと近くに、いつでもいて欲しいんだよ…

とりあえず土日は久しぶりに休めるから仕事のことは忘れたい。なんとか続けていけるようにやっていきたいけど、先々のことも考えていかないとと思いました。