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bla bla bla

日常のあれこれ

きっとまたこのまま時間が経てば惰性で働けてしまうんですよね、と言ったら、「えらいよねえ、向上心があるから悩むんだよね、だってそのままでいるほうが楽に決まってんだもの」と言われて、言葉の選択の仕方やどの面を見るか変えるだけでこんなにも捉え方って変わるものなのね、と感動してしまった

逃げだとしか思ってなかったけど誰かにとっては前進のための一歩だと捉えられることもあるんだなと

事実はどうあれ言葉の妙である

 

ふとした瞬間に今のキャリアを積むことに高揚感や楽しさを覚えることがある

でも先がないことを思い出して憂鬱になる

先を無くしてるのは自分なんですけど…

 

はあ困ったな、半年

遅くともこの1年で逃げ出したい

前進するための逃げの選択を間違えたくはないな

「自尊心が失われていく気がする」という理由は理由として成り立つだろうか

いる必要ないかなと思ってしまったのですがどうなんでしょうか

結局ずっと同じこと考えてる気がする

「なんでここまでしてこれっぽっちしか認めてもらえないの?まだ足りないの?」と「単純に認めてもらえないだけの大したことないレベルの自分に向けられた現実をもっとちゃんと見たら?」が殴り合いをやめない

つらい

自分で言葉にして口に出してみたら少しすっきりした

心のもやは晴れないけども

 

自分は誰かの陰で取り零された細かな面倒なことをすくい上げて片付けることのほうが向いてるんだと

先輩方はみんな優しく穏やかでできた人だけどわたしはそうはなれないしそういうのができる人間ではないんだと

みんな異動や所属替えや昇進を経験して、つらいこと嫌なことあってもみんながあるから頑張れましたと言ってるけど必ずしもそういった経験を積まないことが悪いわけではないはずと

 

そんなことを自分で自分に言い聞かせないと救われないくらいしんどいのも認めたくないしプライドが高くて本当に困る、自分になくて他人にあるものを認めて受け入れなければ

自分の適所を見つけなければ

勝手に涙が出てきてつらい

 

受け止めきれなくて頑張れない

どうしてこうなった

野良の喫煙所

家の前に野良の喫煙所がある。錆びたただの灰皿がぽつねんとゴミ置場の脇に立っているだけの、誰のためのなんのものなのかわからない喫煙所である。いつも煙草の吸殻が溜まっているけど溢れているところは見たことがないので誰かが定期的に集めてくれてはいるのだろう。本当は隣のビルの所有物なのかもしれないが、使用不可とも書いてないので使わせてもらっている。

今日もゴミを捨てるついでに煙草を吸いに来た。ウィンストンの空箱が中にあって、前あったのはクールか何かだった気がする。相変わらず吸殻は3分の1ほど溜まっていた。

 

この前まではここで煙草を吸いながらぼんやりしていると死ぬんじゃないかというくらいに寒くて、寒い中煙草を吸っているとラブホテルでバイトをしていた時のことを必ず思い出す。今でもあの時の煙草が一番美味しかったなと思う。寒い冬の夜に清掃の呼び出し音やアラームを聞きながら裏口の狭い通路の室外機に座って、星を見ながら吸った煙草の美味しさは格別だった。

 

野良の喫煙所は大通りに面していて、この時間は空車のタクシーがひっきりなしに通る。時間帯のせいもあってかここにいると自分がタクシー待ちに見えるようで、彼らは速度を落としながら路肩に寄せ気味に走って来てくれるのだけど、喫煙してるだけだとわかるとサッと離れていくのをいつも見送る。紛らわしくて申し訳ない。

いつも煙草を吸いながら誰かと話がしたいなと思うが、誰かが現れたことは一度もない。この喫煙所で知らない誰かと一緒になったことも一度もない。知らない誰かが現れたら、どうでも良い話題、例えばありきたりに天気のことや気温のこと、どうもと一言交わすなり会釈だけでも良い。そんな喫煙所でしか交わせないようなコミュニケーションにまでも達さないような時間を一瞬でも良いから過ごしたいと思うのに、未だにそれが達成できたことはない。

ただただ寂しい。人恋しいというだけである。煙草を吸うと無性に誰かと話したくなってしまう。話さなくても良い、隣に誰かいたらなと思う。でもここでは何も生まれない。

大学の喫煙所のベンチに座って休み時間を潰していると、誰かしらが現れた。友人はもちろん、同じ学科の顔見知りだったり、もちろん知らない別学科の学生っぽい人、あとは助手や教授だったり、あらゆる人がいた。教授とかだと全然知らない人でもなんでもない話をしてくれることもあって、あの喫煙所でしか生まれないコミュニケーションはとても好ましかった。今はもうそんなことはほぼない。

いつでも知らない誰かと気負いのない適当なコミュニケーションを取りたいと思っている。でももしかしたらそういうのを望む人間は多数派ではないのかもしれない。基本的には馴れ馴れしくしてくる他人は好きではないしむしろ疎ましく感じるけれど、煙草を吸っている時だけはなぜかそれが恋しくなる。

出会いを求めているわけではないが、軽い出会いがあれば良いなとは思っている。その時だけの5分でも10分でも良い、短いすれ違いを楽しみたいなと思っている。でも多分ここにはそれはない。

 

今日も1人だった。煙草を3本吸っているうちに空車のタクシーを4台、コンビニに吸い込まれる男性を2人、カップルを1組、目の前を通り過ぎるイヤホンをつけた男性を2人見送った。

外にいてもあまり寒さを感じなくなり、春が来たんだなと思った。

誰かと話がしたい。何も考えないで瞬発力だけで適当にやりすごすなんでもない会話をしたい。

家を出るまでの残り1年半で、この野良の喫煙所で誰かと話すことはあるだろうか。

商品を世に出すということ

「この度はご迷惑をおかけし大変申し訳ない。粗悪なものを世に出してしまったことを大変恥ずかしく思う。今までは自身の目の届くところで信頼の置ける職人と商品を作り上げてきたが、今回初の試みとして外部の職人集団に外注をしてみた。初めてのことで上手くこちらでも把握しきることができず、結果としてこのような事態となり、改めてものを作ることの難しさを感じた。今後より一層気を引き締めていきたい」

 

手が止まってしまった。頭が上がらない。

ここまで強い想いを持つ人たちに対して、それを理解して胸を張って世の中に送り届けるような仕事ができているのでしょうか?

信用に足る仕事ができているのでしょうか??

苦しい。